絶対必要条件
はあ・・・・ 現在は選んでの居住区となっている元エランシップのコントロールルームでキーボードを叩いていたヨウは溜め息をついて手を止めた。 (これを転送すれば残り後少し、か。) ―― 最終適格者ナオと総合2位だったヨウがエランに降り立ってから1年が過ぎていた。 当初心配されていたような危険もなく、エランでの調査は順調に進み今では求められている基礎データをほぼ取り終えている。 ・・・・しかし調査が進めば進むほどヨウの心は重くなっていった。 (一次調査隊の調査が終われば二次隊がくる・・・・) そうしたら・・・・ トンットンッ 控えめなノックの音にヨウははっと顔を上げた。 「どうぞ、ナオちゃん。」 入室の許可を出す、という目的には不似合いなくらい優しい声にドアを開けて入ってきたナオはにっこり笑った。 「お茶煎れてきたんだけど、飲む?」 手に持ったトレーを少しあげてみせるナオにもちろんと答えてヨウは自分の隣の椅子を彼女に勧めた。 「データ送ってたの?」 自分のカップを手に聞いてくるナオにヨウは頷いてみせる。 「これを送ったら初期調査は80%完成だよ。」 「わ、すごいね!もうそんなに出来上がったんだ。」 無邪気にナオが歓声をあげた。 「じゃあもうすぐみんな来られるんだ。」 その笑顔に、嬉しそうな声に高鳴っていた胸が痛みを訴えるようになったのはいつからだっただろう。 ―― エランに着いて1年。 進んだのは調査だけだった。 ナオとヨウの関係には進展の「し」の字も見えない。 それでも最初のうちは冗談混じりにじゃれあうこともできたのだ。 でも最近はそれすらできない。 その理由は・・・・ 「あのさ、ナオちゃん・・・・」 ―― 『みんなが来るのがそんなに嬉しい?』 ―― 言いかけたセリフをヨウは飲み込んだ。 もしそう聞いて彼女がYESと答えたら? ・・・・きっと自分は深読みしてしまう。 『本当は6位だったエイジと来たかったんじゃないの?』 『本当はカイリやアマネと来たかったんじゃないの?』 『本当はナルサワさんを想ってたんじゃないの?』 聞けない疑問が思うたび成長していく。 最初はそれでもいいと思っていた。 ナオがそう思っていてもエランで二人でいるうちに自分を選んでよかったと思ってもらえばいいと。 でもナオと二人の今はあまりにも優しくて暖かくて、それを壊したくないからどうしても先へ進めない。 想いを言葉でも行動でも伝えられない。 なのにそんな状況で彼らがきたらどうなってしまうんだろう。 再び溜め息をつこうとして・・・・ヨウはその溜め息をそのまま飲み込んでしまった。 ナオがいつの間にきたのかヨウの膝のあたりから覗き込んでいたのだ。 「ナ、ナオちゃん!?」 「ヨウくん、最近元気ないよ?どうしたの?」 じっと漆黒の瞳に見つめられて、ヨウは思わず目を反らした。 「なんでもない、よ。」 そう誤魔化してみるものの、こんな態度をとればいくらナオといえどもなんでもなくない事ぐらい気がつく。 「嘘!絶対なにかあったんでしょ?」 ナオは膝立ちになると子供にするようにヨウと目の高さを合わせた。 「私じゃ頼りないかもしれないけど、お手伝いするよ?」 優しいナオの気質がよくわかる台詞。 ・・・・でもその台詞はヨウの心を荒立ててしまった。 「・・・・ナオちゃんは優しいよね。」 「?」 「その優しさで・・・・エランへのパートナーに俺を選んでくれたの?」 「え?何言って・・・」 眉をひそめるナオが無性に憎らしくなってヨウは力一杯ナオを抱きしめた。 ナオの肩が小さく震える。 その柔らかさが、暖かさがひどく切ない想いを去来させる。 (このまま抱き潰してしまえたら・・・・) そうしたら誰にも取られることはなくなるだろうか・・・・ 「ヨウくん・・・痛い・・・・」 腕の中から小さな悲鳴があがって、ヨウははっとした。 (俺は・・・・) 慌てて緩めた腕の中から転がり出たナオの表情が見たくなくて、ヨウは身を翻した。 「ごめん。」 それだけ呟くのがやっとで。 ヨウはコンピュータールームを飛び出した。 部屋を飛び出したヨウはエランシップの裏手まで来たところで崩れ落ちるように座り込んだ。 「ああ・・・・やっちゃったよ・・・・」 いつかあんな事をしてしまうんじゃないかと恐れていたのに、結局してしまった。 ナオを傷つけて、今までの関係を粉々に砕いて。 「っ・・・!」 噛みしめていた唇から呻き声が洩れた。 失いたくなかった。 どんな形でもいいからナオの側にいたかった。 でもさっきぶつけてしまった気持ちも本心の1つ。 「どっちにしても、もう・・・・」 側にはいられない。 その辛さに耐えるようにヨウは片手で顔を覆った。 その時 ―― 「ヨウくん!」 空気を裂く声に反射的にヨウは手をはずしてしまった。 目の前には肩を上下させて目に涙を一杯溜めたナオが立っていた。 その涙にヨウの胸がズキッと痛む。 「ごめん・・・・」 「なんで謝るの?」 「俺が・・・・ひどいことして泣かせちゃったから・・・・」 ヨウが呟くように言った言葉にナオは大きく首を振った。 「違う!違うの!私が泣いているのは悔しいから・・・・」 「悔しい・・・・?」 「だって・・・・私の気持ち全然ヨウくんに伝わってなかったから。」 ナオは涙を拭いて言った。 「私はヨウくんが好きなのに・・・・!」 「え・・・・」 一瞬意味がわからなかった。 その間もナオの瞳からはぽろぽろ涙が零れる。 「私・・・・ヨウくんと一緒にいたかったからパートナーに選んだんだよ?優しいからとかそういうんじゃなくて。ただの私の我が儘で・・・・」 「本・・・当に・・・・?」 当たり前だというようにナオが大きく頷いた。 「俺で、よかったの?」 「ヨウくんがよかったの!」 その言葉を聞いた途端、体が勝手に動いていた。 ぎゅっと抱きしめたナオの体は小さくて、暖かくて・・・・ 「ナオちゃん・・・・」 名前を囁くとちょっと力が抜ける彼女が愛しい。 今度は愛おしさで抱き潰してしまわないように、ヨウは少し身を離した。 「ナオちゃん、みんなが来ても俺の側にいてくれる?」 「うん。ヨウくんがいいならずっと・・・・」 頬を染めるナオががなんでこんなに可愛いんだろうと思って、ヨウは苦笑した。 ・・・・そんな答え、わかりきってる。自分がナオを誰より・・・・ 「愛してる・・・・」 万感の想いを込めてずっと言いたかった言葉を囁く。 唇を重ねる直前、幸せでぼーっとなった頭の片隅で、ヨウは呟いた。 ―― きっと君は俺にとっての、絶対必要条件 ―― 〜 END 〜 |
― あとがき ―
ああ、やっぱりヨウって書きやすいです(笑)
いろんな事をめちゃめちゃ悩んでそうだし、悩みだしたら止まらなさそうだし。
ちなみにこのお話は冬コミで出す予定の「オールキャラギャグ本」に載せてもらおうと思っていたんですけど
どうみてもギャグじゃないんで、あえなくボツとなりました(^^;)
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